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クラッパム・ジャンクション - Clapham Junction -

マルタの各地には、「カート・ラッツ」または「カート・トラック」という遺構が見られる。轍のような一対の溝で、巨石神殿の時代より少し新しい青銅器時代のものと考えられている。成立ちや目的は不明で、実際にそりや荷車などの運搬具が通った跡、あるいは通す為に作られたとか、灌漑のための設備だとか、色々な説がある。
ちなみにカートラッツの作られた時代には、すでに人類は車輪を発明していた。
Cart Ruts
Clapham Junction
You can see mysterious paired grooves on rocky soil in Malta and Gozo. These are named Cart Ruts.
Few Cart Ruts are crossing on this rocky field in south-eastern Malta. This field is given nickname 'Clapham Junction'. Crossing Cart Ruts reminded someone busy railway station in London.
Clapham Junction
Clapham Junction
このカート・ラッツが何対も集まっている様子が見られる「クラッパム・ジャンクション(Clapham Junction)」と呼ばれる場所がある。何対ものカート・ラッツが並行したり分岐する様子を、ロンドン南部のクラッパム・ジャンクション駅構内の線路の様子になぞらえてそう呼ばれている。
カバン
しっかりと残っている溝には、一澤帆布のカメラバッグがすっぽりと入る。

25年前、初めてマルタを訪れたとき、ここで写真を撮ってたところ、当時から運転手役をしてくれたトニーさんが「あいつ、地面の写真を撮って何が面白いんだ」と言ったそうな(笑)
 

テーマ : マルタ共和国
ジャンル : 地域情報

tag : 古代遺跡 マルタ島 不思議

2018-11-26 : マルタ/遺跡・史跡・歴史 : Malta, Heritage : コメント : 0 : トラックバック : 0
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太古の貯水タンク - Misqa Tanks -

超古代巨石文明の遺跡、ハジャー・イム神殿(Hagar Qim)からちょっと行ったところに、ハジャー・イムを建てた人たちが作ったといわれる、超古代の貯水タンク、ミスア・タンクス(Misqa Tanks)がある。
Misqa Tanks
岩盤の地面を掘ってくり抜いて作ったタンクは、一緒に写っているトニーさんと比べてみると結構大きくて深いものだということがわかるかと。
Misqa Tanks
こういうタンクがいくつもこの場所にあり、中には石で作られたフタが残っているものもある。
Each tanks are connected together by feeders and irrigation channels.
Misqa Tanks
タンクとタンクの間には、溝が何本も作られていて、この溝がが雨水を集めてタンクに流したり、タンク同士の水位の調整をするようになっていたようだ。

★ミスア貯水タンク見学の注意点
・現地に行くには道無き荒れ野を通ります。歩きやすい履物と服装で行くようにして下さい。画像のトニーさんみたいなのは推奨しません。
・マルタ人に案内役として同行してもらってください。私有地を通ったりするときにトラブルを避けるためと、少なからず転落の危険もあるからです。独りでは行かないように。

Il Misqa
 

テーマ : マルタ共和国
ジャンル : 地域情報

2018-10-29 : マルタ/遺跡・史跡・歴史 : Malta, Heritage : コメント : 0 : トラックバック : 0
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冷戦終結の碑 - Memorial for END OF THE COLD WAR -

冷戦終結の碑
I visited Memorial for END OF THE COLD WAR at Birzebbuga, Malta in May 1993. I visited there again last year.
ビルゼブジャの冷戦終結の碑。
今朝の日経の記事に書かれてたので、去年撮影した画像をアップしてみた。画像右手の船のいるあたりに、会談の場となった、ソ連客船マクシム・ゴーリキー號と、ブッシュ(父)大統領が宿舎とした、合衆国海軍の巡洋艦ベルナップが停泊した。

冷戦終結の碑
「土曜の午後に観光客が一人もいない」と記事に書かれているが、そもそも、ガイドブックにも載ってない。1993年5月に初めてここを訪れたときも、車を停めて車内でちちくりあってたカップルが一組いただけで、突然邪魔するがごとく現れたボクとトニーさんを、胡散臭げかつ恨めしげな目で見おったわ(笑)
今じゃ、なんか落書きまでされちゃってるね。
 

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2014-11-09 : マルタ/遺跡・史跡・歴史 : Malta, Heritage : コメント : 0 : トラックバック : 0
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ジュガンティア神殿

【このエントリの画像はクリックで拡大します】
5月4日、ゴゾに上陸後まずはジュガンティア巨石神殿の遺跡にいってみた。
ここ数年、チケット売り場で入場料をチェックするだけだったが、久々に入ってみた。

ジュカンティヤ
マルタのイムナイドラ神殿と同じくらいの年代の、もっとも古い超古代巨石建造物の遺跡。
ジュガンティヤ(Ggantija)とは、ギガンテックの意味で、女の巨人が建てたという伝説がある。

ジュガンティヤ
初めてここを訪れたときは、どんどん中にはいって、ベタベタ触ったりできたんだけど、いまは、観覧経路のにそって眺めるだけ。

ジュガンティヤ
ジュガンティヤ
ここで、スケールの役目でトニーさんに登場してもらおう。
かつては、この構造の建造物が、三層にわたってそびえていたとも考えられている。

シェウキヤ
遺跡のサイトから、シェウキヤ(Xewkija)の街のほうを眺めてみる。画像左三分の一あたりにあるドームの教会は、街の人口の三倍の員数を収容できるとか。
5月なんで、花も見られるね。
 

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2011-07-19 : マルタ/遺跡・史跡・歴史 : Malta, Heritage : コメント : 3 : トラックバック : 0
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ボージ・イン・ナドゥール ( Borg in-Nadur )

トニーさんと二人で行動してると、いきあたりばったり的に、事前リサーチもええかげんなまま、マルタでの重要なサイトにいってしまうことがたまにある。
7月22日朝、ビルゼブジャのトニーさんフラットに所用で出かけたあと、昼食はサンジュリアンのゴチでスシじゃーいと、ミツビシ・ランサーが、サンジョージ湾から、国道29号線にのって、北上を始めたところで、ふと思いつきで、ドライバーのトニーさんに声をかける。
「ボージ・イン・ナドゥールって、この近くだったよな。寄れないか?」
ボージインナドゥール近くの路地
要望が明確だったので、トニーさんもすぐに応じてくれ、海から、ヴァレッタ方向に伸びる坂道の途中で路地に入りクルマを停める。ここはまだ行政の面からもビルゼブジャの領域で、トニーさんの地元。トニーさんの先導で、国道を渡り、農道のようなところを下っていく。「ここがボージ・イン・ナドゥール」と、マリア様を祭った小さな二つの祠の前でトニーさん。
なんでも、80年ほど前に、ここでとあるご婦人の前にマリア様が現れたということで、建てられた祠で、トニーさんにとってのボージ・イン・ナドゥールとは、ここのことになるわけだ。ボクの目指しているのは、複合遺跡のボージ・イン・ナドゥールである。祠の前の献金箱に小銭をいれ、マリア様にご挨拶をして、ここから先、再び上りにかわった農道を、「ボージ・イン・ナドゥールこっち」のサインにしたがい「トニーさん、こっちだよ」と進む。今回のような、マルタの遺跡史跡についての情報が、地元民のトニーさんより、ボクのほうが勝っているということがここには詳しくかかない理由でまま起こる。

ボージインナドゥール
ボージ・イン・ナドゥール(Borg in-Nadur)とは、マルタ語で「石積みの高台」という意味。
巨石文明のものと、その後の青銅器文明のものからなる、複合遺跡。巨石文明のそれは、地面に痕跡が残るだけだが、青銅器時代の集落の防壁となった石積みの塀がかなりしっかりした状態で残っている。上の画像、十字架のマウンドの左側にある石の壁がそう。

ボージインナドゥール
マウンドの上からほぼ反対方向を見ると、サンジョージ湾からマルサシロク湾の水面が視界に入る。右手の石壁は、青銅器時代の防壁。
帰国後、資料で確認したところ、この石の壁は、上から見てD字状の環に連なっているとのこと。しかし、事前リサーチがおろそかだったために、そこまでチェックできず。
逆に、事前のリサーチがきっちりしてれば、位置関係から巨石神殿の痕跡を見つけることもできたろうに。

トニーさんが「またコイツは地面を撮影してナニが楽しいんだ」ってカオしてた。
酷暑の中、足元のよくない道を往復登り降りさせてごめんね。トニーさん。

次回はきっちり事前リサーチしたうえで、キッチリとチェックするのでカクゴしておくように(笑
 

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2010-09-08 : マルタ/遺跡・史跡・歴史 : Malta, Heritage : コメント : 0 : トラックバック : 0
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国立戦争博物館(リニューアル後)。

【このエントリの画像はクリックで拡大します】
マルタの首都ヴァレッタはシベラスという岩山の半島をほぼ丸ごと、無理から城塞都市にしたような街である。その半島の先端には、ヴァレッタの街が作られる以前からの砦、セントエルモ要塞がある。1565年の大包囲戦での激戦地でもあったこの砦の一角に、国立戦争博物館がある。しばらくのあいだリニューアルのためクローズされていたが、リニューアルがなったみたいなので、ほんと、何年かぶりに見学にいってみた。
戦争博物館
エントランスは、偽装網と土嚢で、雰囲気だしてる。

かつて、マルタのかかわった戦争のうち、ナポレオン戦争、クリミア戦争、第一次大戦、第二次大戦に関するものを主に展示。
20100718_2002.jpg
第一次大戦に関する展示の中には、マルタを拠点として活躍した、わが帝国海軍第二特務艦隊に関するものが、結構目立つところにあった。英語とマルタ語のみの展示だが、最近増えてる日本人来訪者を、多少は意識しとるんやろなあ。

faith faith
第二次大戦初期、英国にとって航空戦力空白域となったマルタの防空に、奇跡の活躍をした三機のシー・グラディエーター戦闘機のうちの一機、Faith(信仰)號。
複葉の主翼はないが実物。修復されてここに移される前は、骨組みだけになって野ざらしにされていたらしい。

ボフォース・ガン サイドカー
高射砲やサイドカーに施された塗装は、ラブル・ウォール・パターン・カムフラージュ(rubble wall pattern camouflage:石垣模様迷彩)という。このパターンはマルタ独特のものではないかと。

ジョージクロス
この博物館の展示の目玉は、1942年に、時の英国国王より、独伊軍の包囲と空爆の下での、マルタと人々の勇気に対して授与されたジョージ・クロス勲章。

National War Museum
Fort St Elmo,
Valletta VLT 02,
Malta
入館料 大人:Eur.6.00 学生:Eur.4.50 子供:Eur.3.00
09:00~17:00(最終入館 16:00)
休館日:クリスマスイヴ、クリスマス、大晦日、元日

[[[ 関連情報:中央地中海通信 ]]]

 

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2010-08-13 : マルタ/遺跡・史跡・歴史 : Malta, Heritage : コメント : 2 : トラックバック : 0
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屋~根ぇ

「山田く~ん、木久ちゃんの座布団二枚取んなさい」ってようなタイトルたが、ボク個人にとっては、実際おちゃらけていられない、すごく残念な話。

ハジャー・イム(Hagar Qim)とイムナイドラ(Mnajdra)の両遺跡とその周辺の荒野は、ボクがマルタで最も好きな場所のひとつ。
これら両遺跡を酸性雨と、陽光を浴びることによって生じる温度変化から守るために、屋根がつけられたとのこと。計画は知っていたが、すでに実施されていたとは。なんちゅーことをしてくれたのか様子を見に、今年のマルタ帰省の実質第一日目となる7月26日、行ってみた。
で、それぞれの遺跡の様子を、Before-Afterで並べてみると、次の通りに。

HagarQim(before
ハジャー・イム(Before)

HagarQim(after
ハジャー・イム(After)

Mnajdra(before
イムナイドラ(Before)

Mnajdra(after
イムナイドラ(After)

景観の破壊もいいところである。この日もドライバー役をかって出たトニーさんによれば、反対意見も、かなり根強かったらしい。
とくにイムナイドラ遺跡は、かつて柵すらもなく、入場料も不要で、自分の好きな時に、この世界で最も古い巨石建造物である遺跡の中にはいり、構成する石材の一枚一枚、一個一個に触れることすら出来たのに、この変わりようといったら。。。。。。
2009-08-03 : マルタ/遺跡・史跡・歴史 : Malta, Heritage : コメント : 5 : トラックバック : 1
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セントエルモの火は絶えず

マルタにおいて、今日9月8日は、オスマン帝国による四ヶ月にわたる「大包囲戦(The Great Siege)」を耐え抜き、勝利したことを記念する「勝利の聖母の祭日(Our Lady of Victories)」。
だからというわけでもないが、こないだの「マルタ帰省」でみた、ちょっと皮肉な光景をうp。
トルコ軍艦
ヴァレッタの岸壁に停泊するトルコ軍艦。砲熕の種類や配置からして、練習艦かなにかだと思うのだが、ネットで色々調べてみても確認できず。
この光景を、大包囲戦当時の聖ヨハネ騎士団(マルタ騎士団)の総長ラ・ヴァレッテが見たらなんというだろうか。

この写真は、グランドハーバーから離水しようとしている水上飛行機より撮影。
1565年7月15日、10隻の舟に分乗して、海からの強襲を試みたオスマン帝国軍の精鋭イェニチェリ1000名が撃滅されたのは、まさにこのヒコーキが居るあたりではなかったか。

もちろん、EU加入を目指すトルコは、現在ではマルタにとって友好国であり、NATOの重要な加盟国のひとつでもある。NATOの「平和のためのパートナーシップ」に、国の安全保障を大きく依存する小国マルタにとっては、かつて何度となく恐怖をもたらしたオスマン帝国のガレー船の末裔であるトルコ軍艦であっても、停泊して、プレゼンス行使をしてくれることは、ありがたいことなのである。
2008-09-08 : マルタ/遺跡・史跡・歴史 : Malta, Heritage : コメント : 0 : トラックバック : 0
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ゴゾについたで

20080730193110

ついた!ついた!
2008-07-30 : マルタ/遺跡・史跡・歴史 : Malta, Heritage : コメント : 1 : トラックバック : 0
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感想 - 昨夜の「世界遺産」-

昨夜のTBS「世界遺産 -マルタの巨石神殿群-」は、10年前のただの焼き直しにすぎない内容だった。短いOnAir時間のあいだでも、前回とちがう切り口での捉え方ができたはず。

ハイポジウムの映像も、どうやら、TBS系のBS-iが、「神々の世界」の特番の折りに撮影したものを使いまわしたようである。
さらに、ハイポジウムの人骨は、巨石文明の後の時代に、洪水で地上の墓地から流れこんだものなのに巨石文明の人々が「埋葬した」とするコンテンツづくり.......

この十年のあいだの遺跡をとりまく情勢の変化と、これから、どうやって遺跡を保全していくのかといったことが、多少なりともとりあげられると期待したのは、ボクの不見識なのか。
知人に関係者がいるから、あんまり言いたくなかったのだが、さすがインチキ報道大好きなT豚Sである。
2007-07-23 : マルタ/遺跡・史跡・歴史 : Malta, Heritage : コメント : 3 : トラックバック : 0
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プロフィール

まこり~の

Author:まこり~の
中央地中海通信管理者の私、大阪府出身大阪府在住です。
辛いものとお酒がだいすき。
エントリのアップが、週末と週の始めに固まり気味で「週刊化」してますが、どうぞよろしく。

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